見えない誰かに支えられて
最近では一般家庭にも広く普及しているこのお水。
僕らライフサポートでも事務所とデイサービスの2か所で使っている。
ご存じだと思うが、このお水、配達してもらったら1缶1000円だが、
自分でお水を買いに行くと1缶360円なのだ。
で、僕らライフサポートは当然自分たちでお水を買いに行く。
まとめて買いに行くので9本にもなるのである。
先月、ふとしたことから僕が買いに行くことになった。
それで、今月も僕が昨日買いに行かされた。
何となく僕が一番暇そうだからというのが理由らしい
ところが、これが結構重労働なのだ
これ1缶で20キロくらいだろうか。
少なくともなかなか女性ではしんどいだろう。
(うちの女性職員は、こんなときだけ女性であることを強調する)
重い水缶を汗をかきかき運びながら気がついたことは、
僕がいつも当たり前に飲んでいた事務所の水も、
誰かが汗を流しながら準備していたのだということ。
自分が飲んでいる時には気がつかないくせに、
自分がお水を買ってくるようになると、
「みんな、感謝しろよ」
などと思ってしまうのである。
人間(俺か?)なんて、なんてジコチューなんだろう
考えてみりゃ、
見えない多くの誰かに支えられて僕らは生きている。
具体的な一人ひとりの顔が浮かばなくても、
いつも感謝を忘れずにいたいものだ。
これからもできるだけ「お水の買出し」は
僕の仕事にすることにしよう
みんながみんなの仕事にそれぞれ専念できるように。
よし、
筋トレと思えば、一石二鳥だ。
だっはっはっは